女はお釈迦様になるべきか?
- Hiroko
- 2022年9月22日
- 読了時間: 3分
執筆者:Hiroko
藤沢秀行という昭和を代表する囲碁棋士がいる。棋聖戦6連覇、史上最年長タイトル保持者で天才棋士と言われた。
その男は破天荒の一言で片付けてしまうのは簡単だが、酒、アル中、女、ギャンブル、借金、癌...結婚後に始まった難局は数えきれなかった。
豪胆でスケールの大きな囲碁を打つことで知られる天才の壮絶な人生を約60年間支え続けたのが、妻の藤沢モト。
今回は藤沢モトが書いた自伝『勝負師の妻』を紹介したい。

天才を掌で転がす
藤沢モト。昭和4年新潟で産まれ、19歳で上京し20歳で藤沢秀行と結婚。夫は酒に溺れ、外に女と子どもを作り起伏だらけの道を歩むが、三人の息子を授かり縫製や華道で家計を支える。大酒乱の八方破れな夫だが、囲碁に関しては謙虚で天才的。本書にはそんなエピソードがたっぷり詰め込まれている。
破天荒な夫だが妻のモトも豪快というか、夫よりも肝が座っている。
囲碁が思うように打てず、毎日大酒飲んで競輪の泥沼にハマっていたころ、一度だけ一緒に行ってみたことがあった。
何度か勝ったり負けたり繰り返しながら、どんどん損をして所持金が減っていく。
手元に数千円くらい残ったとき、藤沢がモトの顔色を伺いながら、
「「これだけあれば帰りの電車代と食事代が出せる。もう帰ろうか」
と言いました。そんなこと言うような人ではないのに、わたしが一緒だったので、多少は気を遣ったつもりだったのでしょう。わたしは、
「どうせ捨てるつもりで持って来たお金なんだから、それを持って帰るなんて縁起が悪いじゃない」と答えました。 」*1
このお金があればあれができた、惜しいことをした、とは考えない。明日になったら、また何か仕事をもらって一生懸命働けばなんとかなる、ただそれだけだと語っている。
外に子どもを作り、相手の女性と籍を入れようと思うと言われても「ああ、そうですか」で終わり。(結局、その女性と一緒になることはなかったが)
晩年藤沢の別の彼女が家に出入りして、闘病中の藤沢の面倒を一緒に看ていた際は、憎むどころかありがっていた。
「うちみたいに大変なのは、ふたりで力を合わせた方が楽よ」*2
藤沢の著書には、モトのことをこう書いている。
「おれはお釈迦さまの掌で泳がされている孫悟空みたいなものだ」*3
なぜ、別れなかったのか?
忍耐とも、愛とも違うようなこの夫婦の関係。
今の時代に読むと、なぜ別れないの?と不思議に思う。わたしならすぐに離婚してしまうかもしれない。
離婚しなかったのは”時代”だけではないはずだ。違う道はもちろんあっただろう。
好き勝手わがまま放題の藤沢だが、年齢と闘病を重ねてくると藤沢もさすがに少しは丸くなることもあり、お礼のようなことを言ってみたりする。
悪ガキがそのまま大人になったような藤沢を掌で泳がし、愛と情と意地が混ざり合った心で包み込む。
藤沢は2009年に83歳でこの世を去った。この本が出版されたのは2003年。
最後はこう締められている。
「いつまでも過去のことばかり振り返ってはいられません。
これからも怒鳴られて、言い返して、丁々発止と生きていきます。」*4
引用元:
*1*2*3*4 角川書店『勝負師の妻』藤沢モト
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