top of page

トランスペアレント・ボーイフッド

  • 執筆者の写真: Naoko
    Naoko
  • 2022年9月15日
  • 読了時間: 4分

執筆者:Naoko


透明感のある少年時代を描くことにおいても、天才的な萩尾望都。

描くもの全てにおいて、多くの人々を魅了し、余韻の残る読後感のある作品ばかり。


SFタッチの『11人いる』や『マージナル』、異形の者を描いた『ポーの一族』『イグアナの娘』、ドイツの寄宿舎をベースにした作品など、少女漫画というジャンルを超えて、どこか世の中を全て見通した上で作品を生み出し続けている唯一の漫画家と言えると思う。


もはや説明も不要な萩尾望都の『トーマの心臓』であるが、なんとSF作家の森博嗣が小説化したということで、もうこれは絶対的に”読む”の一択しかない状況だった。




2つのトーマ


『トーマの心臓』を読んだことがない方向けに物語の概要をお伝えしておきたいと思う。

ドイツの全寮制寄宿舎が舞台になっており、トーマと呼ばれる美少年が謎の転落死をするところから物語は始まる。

トーマより学年が上のユーリとオスカーは親友同士。

生前トーマは、ユーリを慕っていたが、ユーリはそんな彼を遠ざけ冷たくしていた。それが直接的な原因なのかはわからないが、ユーリに遺書を残して自死を選んだのだった。

不幸な事件の後、間もなくして学園にトーマそっくりの転校生・エーリクという少年が現れる。

姿かたちは似ている2人だが、性格はまるで違い、大人しく思慮深かったトーマに対して、エーリクは世間知らずで少し粗暴なところがあり、ことあるごとに突っかかる少年だった。

多感な少年時代の葛藤の中、友人やそれぞれの少年たちの家族との関係性、ユーリ、オスカー、トーマと彼と生き写しのエーリクの4人を中心に物語が進行していく。


萩尾望都の『トーマの心臓』では、トーマの死を中心に、ユーリ、オスカー、エーリク3人の心境にフォーカスが当たっているのに対し、森博嗣の小説版『トーマの心臓』では、オスカーの視点で描かれており、視点の違いにより、漫画で描かれているものが小説版では省かれていたり、小説版では、オスカーしか知りえないエピソードが差し込まれており、スピンオフ作品のような楽しみ方が出来る。


通常、メディアミックスを行う場合、小説が漫画になったり、小説が映画になったりすることが多いが、漫画が小説になるケースは、そう多くはなく面白い試みだと思う。萩尾望都自身も小説版に寄せて、そのことに触れている。


また森博嗣の小説の印象としては、クールで俯瞰しているような文体で、それがどこか大人っぽく不良っぽさを持つオスカーとマッチしていて、違和感がなく読むことが出来たし、ナチュラルに受け入れることができた。



トーマは何故自死する必要があったのか


物語の序盤で死を選ぶトーマ。

トーマの死は、ある事件をきっかけに心を閉ざし、人を愛することを極度に恐れたユーリを解放するために必要だった。

純真無垢なトーマに惹かれるユーリ。

その一方で邪悪さにも魅了され、精神的・肉体的に追い詰められ、汚され片翼を捥がれたユーリ。そんなユーリを見守り、愛し、助けたい、救いたいと感じていたからこそ、片翼だけになってしまった彼のバランスをとるために自死を選び、彼を解放した。


ところどころ、キリスト教的な挿話や哲学的なテーマも描かれており、漫画版は、掲載された少女コミック雑誌の読者層には少し難解な部分があったのではないだろうか?

この話が発表されたのが、1974年であるから、今から38年前の作品なのだが、不朽の名作というだけあって、今読んでも生きていく上で避けては通れない懊悩や苦悩が心に染みて、読後にやるせなさと寂しさと、そして子供時代の癒されなかった部分が刺激されたように感じた。


漫画版も小説版も2つの”トーマ”を読むことで、この作品をより深く味わうことが出来る。

ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』を思わせるようなドイツのギムナジウムの物語は、考え深げに秋の始まりに味わうのが似つかわしいのではないだろうか?





参照元:

河出書房新社『KAWADE夢ムック 文芸別冊 [総集編] 萩尾望都 少女漫画界の偉大なる母』

小学館文庫『トーマの心臓』萩尾 望都

講談社文庫『トーマの心臓』森 博嗣

Comments


Commenting on this post isn't available anymore. Contact the site owner for more info.

Copyright © 2022 draconia Co., Ltd. All rights reserved.

bottom of page