あなたの中の初々しさ
- Naoko
- 2022年3月3日
- 読了時間: 4分
執筆者:Naoko
ロシア軍のウクライナへの行軍関連のニュースにて、傷つけられるウクライナの市民たち、演習と称して無理やり行軍させられ捕虜となったロシアの若者の姿を見るにつけ、心が激しく揺らぐのを感じて過ごしている。
ミサイルが着弾して、白い噴煙を上げながら一瞬で瓦礫となる建物や家だったもの。
家族と別れを告げる国境沿いの女性や子供たち。
経済制裁に不安を感じるモスクワ市民。
日本国内に住んでいる無実のロシア人達も、SWIFTから排除により、自国の銀行に送金できないし、預金を引き出すことも出来ず不自由な生活を送っているに違いない。

戦争において『絶対悪』というものは存在しないと思う。
明らかにプーチンが悪の根源に見えたとしても、どちらも分かち合えない信念や利害のぶつかり合いが戦争だ。
自分の感受性くらい
ここ数日、人々の悲嘆、憤り、諦念などのペシミスティックな思念がうねりとなって、さらに多くの人々に伝播していっているかのようだ。
心が揺らぐ、というよりも、土壌にその根を下ろせないような”ぐらつき”を感じてしまう。
『自分の感受性くらい』というタイトルの有名な詩の最期のセンテンスが頭によぎり、気付くと茨木のり子の詩集を手に取っていた。
「自分の感受性ぐらい
自分で守れ
ばかものよ」*1
心の摩耗を、外の事象のせいにしてしてはいけない、茨木のり子が自らを叱咤するために書かれた詩。まさにぐらついている私自身への叱責のように感じたし、諭されているように感じた。
また、『わたしが一番きれいだったとき』は、敗戦後の彼女の体験をもとに書かれた詩であるが、街中がボロボロになってとんでもないところから青空が見えたり、どん底の状態から、生きることをあきらめない女性のレジリエンスを感じさせる作品であるため、今この作品を読む心境にはなれなかった。
詩集をパラパラとめくっていると、その日やその季節にそぐう心緒の詩が必ず見つかるのだった。少し気温が春めいてきたせいか、連日のヨーロッパから齎される悲惨なニュースのせいなのか、『汲む―Y・Yに―』という詩に、導火線に火を灯された感覚になった。
以下、『茨木のり子詩集』から。
『汲む』
―Y・Yに― 大人になるというのは すれっからしになるということだと 思い込んでいた少女の頃 立居振舞の美しい 発音の正確な 素敵な女の人と会いました そのひとは私の背のびを見すかしたように なにげない話に言いました 初々しさが大切なの 人に対しても世の中に対しても 人を人とも思わなくなったとき 堕落が始まるのね 堕ちてゆくのを 隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました 私はどきんとし そして深く悟りました 大人になってもどぎまぎしたっていいんだな ぎこちない挨拶 醜く赤くなる 失語症 なめらかでないしぐさ 子どもの悪態にさえ傷ついてしまう 頼りない生牡蠣のような感受性 それらを鍛える必要は少しもなかったのだな 年老いても咲きたての薔薇 柔らかく 外にむかってひらかれるのこそ難しい あらゆる仕事 すべてのいい仕事の核には 震える弱いアンテナが隠されている きっと…… わたくしもかつてのあの人と同じぐらいの年になりまし
た たちかえり 今もときどきその意味を ひっそり汲むことがあるのです *2
人を人と思わなくなった堕落が始まる
人を人と思わなくなった時は、相手に対しての尊敬・敬意を感じてない時、または何らかの理由で感じられなくなってしまった時なのだと思う。
人を人と思わなくなった時、
・容易に人を傷付けることができる
・相手を敵視して、暴力や暴言を正当化する
・相手に制裁を加えることは、当然であり正しく、多くの人を救っている(と考える)
もし既に人を傷つけ、暴言や暴力を振るってしまっているならば、人を人として思わず、敬意を感じられなくなっている時だと言える。
私自身は毒親(父親)のことを考えると、心の中がどうにも平静でいられなくなり、血圧が急上昇し、腹の底から怒気が湧き上がってくるのだが、彼もまた78億7500万人の唯一無二の存在であり、誰一人として同じ経験をたどった者はおらず、リスペクトして然るべきなのだ。
そうは思いたくはないけれど。
毒親話は長くなりそうなので、別の機会でまたお話したい。
インターネット上で第三者を死に追いやるまで攻撃したり、更に死に追いやった第三者を攻撃することもまた、相手に敬意を感じていないし、むしろしてやったり、”自分たちの正義”で鉄槌を下している、そうすることが当然であり、やり込めている当事者にとっては、正しい在り方のように感じるかもしれない。
”正義の鉄槌”という名の暴力の最大級のものが、今現在起きている戦争の正体なんだ。
茨木のり子は、「初々しさが大切なの」*3 と詩の中で伝えているが、不器用で弱々しくても、相手への敬意を忘れず謙虚であることが、「すれっからしになること」*4 をある種の強さを獲得したと考える大人にならない方法なのだと思う。
誰かに強い敵意を向けている時、忘れないで。
あなたの中にある初々しさを。
引用元:
*1,*2,*3,*4 思潮社 『茨木のり子詩集』茨木のり子
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