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おまえじゃなきゃだめなんだ

  • 執筆者の写真: Hiroko
    Hiroko
  • 2022年8月25日
  • 読了時間: 3分

更新日:2022年8月30日

執筆者:Hiroko


恋愛こじらせ気質を持っていた過去の私の痛々しい思い出が、傷口に塩をなすりつけられながら走馬灯のように蘇ってきた小説を紹介したい。

角田光代の『おまえじゃなきゃだめなんだ』




これじゃなきゃダメなんだ、ってものはある?


本作は恋愛短編小説。どの物語も主人公の心情がリアルに描かれているが、その中でも表題作の『おまえじゃなきゃだめなんだ』の主人公の女性に、心がえぐられるものがあった。


時代はバブルの好景気。高校も大学も女子校だった波川は、派遣社員として働き始めた途端急にモテはじめる。

男性に免疫がなく自分がモテている自覚なんてなく、どうせからかわれているのだろうと誘いのすべてに軽く応じたし、求められるたびに寝ていた。

波川にとって、ハイブランドのジュエリーやコース料理や高価なワインを奢ってもらうのは当たり前だった。


ある合コンで、芦川というコーヒー豆の輸入の仕事をしている男性と出会う。芦川と話していると本来の自分に戻っている気がした。だが芦川は初デートでなんと、激安うどんチェーン店の「山田うどん」へ自分を連れていった。芦川の懐かしの店らしいが、波川はどうしてもプライドが許さない。

車に戻ると、波川は嫌味を垂れ流し続けた。


その後、芦川とどうなったかは忘れてしまったが、何年たっても芦川がうどんを食べた時につぶやいた「山田じゃなきゃだめなんだよなぁ」という言葉だけ残っていた。


そんなふうに思える何かが、自分にはあるだろうか?



波川が40歳目前で学んだこと


30歳を過ぎてやっと自分に貞操観念が欠落していることに気が付いた波川は、初めて一対一の恋人と呼べる人ができた。波川は、初めて男性と「向き合う」ことを知った。


「これがつまり、「向き合う」だと知った。相手のことを知るたびに、見つめすぎず、適度に目をそらすこと。好きか嫌いか煮詰めないこと。それはだんじて不誠実なのではない。不誠実というのは、凝視したり煮詰めたりしたあげく、他人に逃げることだ。」*1


好きか嫌いかを煮詰める、女性は煮詰め過ぎてこげつかせてしまうことが多いのではないか。いや、まさに過去の自分がそうなのだが...いい塩梅で逸らすことができないのが恋愛というか、ヒトの気持ちというか...


だが波川は、その恋人に40歳手前で振られてしまうが、どこか悟ったような清々しさを覚える。


「何しろ初一対一だったのだ、年齢における恋愛とか、未来とか、そうしたものに絶望はしなかった。むしろ、今まで自分にも他人にも無自覚に働いてきた愚行が、このようなかたちで返ってきたのだと納得してしまった時点で、プラマイゼロ、もうこの先これ以上ひどいことはないはずだから、たった一度でくじけずに、真人間として今後も邁進していこうと、かえって志気を高めたほどである。」*2


飲料メーカーの営業をしていた波川は、車を走らせていると見覚えのある看板が目に飛び込んできた。初デートで連れて行かれて激怒した「山田うどん」だ。

車をうどんやの駐車場に入れる。

うどんとカツ丼のミニセットを頼み食べていると、なぜか次から次に涙が出てくる。


「私は本当は、そう言われる女になりたかったのだ。ずっとずっと。お前じゃなきゃだめなんだ。」*3


お前じゃなきゃだめなんだ、誰もが求めている言葉かもしれない。言われることも言うことも、人生でそんなに多くないし、そう思える人と幾人かでも出会えたら素晴らしい人生だろう。

波川の痛々しさにこわいくらい泣けてきて、なんとなくまた読み返しているうちに、何度読んだだろうか。


これは過去の恋愛を振り返り、地雷を踏みまくる自爆本だ。

恋愛に振り回され気味の女性は、ぜひ手にとってみてほしい。自分は何を望んでいるのかな?忙しさの中で、たまには考えてみようかと思う本だ。


そして神さま、どうぞ、私の過去の不誠実が返ってきませんように。





引用元:*1,2,3

文藝春秋『おまえじゃなきゃだめなんだ』角田光代

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