人間が、こわれていく。
- Hiroko
- 2022年6月23日
- 読了時間: 2分
執筆者:Hiroko
人間は弱いものだな、と常々思う。
人間はふとした弾みでいとも簡単に壊れていくものだ。
原因はそれぞれだが、一度体を預けてしまうと支えなしでは歩けなくなる。
なんとか隠していた本心や過去をせき止めておけなくなる。
そう感じたことは誰にでもあるだろう。
人間が壊れていく過程と、壊れていく人々を描いた短編小説がある。
沼田まほかるの『痺れる』だ。
2005年から2009年の間に小説宝石で連載されていた短編を集めたもので、悪夢のような、不思議な白昼夢の世界がびっしり詰まっている。この中からとっておきの2話を紹介しよう。

まずは冒頭に掲載されている『林檎曼荼羅(りんごまんだら)』。
これは、認知症の老女が壊れてしまった原因を自ら紐解いていく話だ。
認知症の私は、ある過去を隠蔽している。
その過去とは姑の失踪なのだが、心の奥底にしまいこんだ秘密を荒れ果てた部屋の掃除をしながら独白していく。
埃っぽい部屋がやけに幻想的で、猟奇的なストーリーのはずなのに暖かさを感じそうになる。個人的には『林檎曼荼羅』がもっとも惹き込まれた。
ある夏、田舎の古民家で一人暮らしをしている女性の家に、若い男性が草刈りのバイトをする代わりに数日泊まることになる『ヤモリ』。
淡々と流れていくだけだった日々が、イレギュラーな旋律になっていく。
物語の節目に登場するヤモリが不気味で不安定なまま物語は終わってしまうのだが、最後の最後に、うわっと声をあげたくなるオチが待っている。
不安定が心地いい
沼田まほかるの小説の最大の特徴は、「不安定な心地よさ」だろう。
登場人物の背景をぼかし、詳細は語らない。いまどう思考しているかは描写するが、その思考の理由は読者には教えてくれない。
さんざん不穏な空気が流れているからどんな悪意や恐怖がきても準備はできているのに、いや、むしろ残虐なものがきてほしいのに教えてくれない。
これが、沼田まほかるワールドだ。
沼田は大阪の寺に生まれ、主婦、僧侶、会社経営とさまざまな人生を経験して小説家になった。情も悪意の簡単に飲みつくすように見える文体は、人生経験から描けるものだろうか。
イヤミスの女王と呼ばれているが、現代小説が好きな人でも、純文学の愛読者でも十分に楽しめる。
じっとりした蒸し暑い梅雨の時期にこそ、読んでみてほしい。
光文社文庫『痺れる』沼田まほかる
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