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澁澤風味の現代語訳について

  • 執筆者の写真: Naoko
    Naoko
  • 2022年8月4日
  • 読了時間: 4分

執筆者:Naoko


明日8月5日は、澁澤龍彦の没後35周年だということで、今週は彼の作品を取り上げたいと思う。澁澤が書いた随筆、小説は数多あるが、先日ふらりと鎌倉を訪れた縁から、かの地にちなんだ小説『護法』について取り上げたい。


私の中で、澁澤といえば、鎌倉。

北鎌倉・明月院に居を構え、二番目の龍子夫人、ペットの兎・”ウチャ”と仲睦まじく過ごし、同じく鎌倉の浄智寺に眠っている。




年を重ねると日本回帰する


澁澤といえば、フランス文学やヨーロッパの各方面のエロティックで怪しげな文学・人文学・歴史・社会学などを衒学趣味的に寄り過ぎず、粋で洒脱に纏めている作家と認識している方も多いと思う。

ヘビーなコンテンツなはずなのに、軽快さや少年のような無邪気さも文章から感じられて、好奇心旺盛な澁澤少年の宝箱の中身を、「こんなの集めてみたんだ?どう、すごいでしょ!」と見せてもらっている気分にさせられるのだ。


ヨーロッパに憧憬を抱き、作品にも西洋のスパイスを取り入れた文学者でも、晩年付近は何故か日本回帰する。日本という小さな世界から飛び出し、西洋諸国の薫陶を受けて、そして第三者視点で日本を見た時に、どうしようもなく日本文化を愛していると気づくのだろうか?

澁澤も例にもれず、この道を辿っていた。



型破りな古典風作品


話を『護法』に戻す。


時は江戸時代の鎌倉。比較的裕福な生まれの彦七は、儒学や漢学を勉強しているが発育不良で周りから少し小ばかにされている存在だ。

鎌倉の浄光明寺の十王堂の中に、善男善女の恐怖心をあおるげに恐ろしき冥府十王の木像があり、酒の席で肝試しがてらその像を背負ってこいとからかわれる。

むきになった彦七は、宴席を外し、十王堂の入り口にあった「きかん気のいたずら小僧みたいな顔をした、ずんぐりむっくりした」*1 護法童子の像を持ち帰り、物笑いの種になる。

護法の像を俗っぽい場に連れてきてしまい、申し訳ない気持ちになり、お詫びを述べた後、元の場所に返し、自宅に戻る。

一か月後、彦七が自宅で休んでいると、前日の護法が訪ねてきて、酒でもてなし接待する。

護法とは仲良くなり、護法の不思議な術で、自身の内臓を洗われ穢れを祓ってもらい、漢学の記憶力や読解力が頗る向上したり、古女房の顔を岡惚れしていた美女の顔と入れ替えたりと、なかなか激しい恩返しをしてもらうことになる。

後半艶めかしくも、ユーモアと一匙のグロテスクさに、短い小説ながら読みどころがたくさん詰まっていて、一気に読まされる感覚になる。


この物語は江戸時代の話であり、登場人物も描かれている文化・風俗も古典的、であると言ってよい。

澁澤はこの物語以外にも、このような古典的な題材で描き、史実も織り交ぜながら、展開が奇想天外・ぶっ飛んでいる作品がまま存在する。



澁澤風現代語訳


今回ご紹介した『護法』、それ以外の古典をベースにした作品の一番着目すべき点は、あたかも澁澤が現代的な視点でそれらの世界を覗いていて、また現代の言葉で表現しているところなのだ。


例えば、『護法』の中でこんな表現が登場する。


「ここで強調しておかねばならないのは、お紺がまれに見る輝くばかりの美形だったということで、さればこそ近所界隈の噂も噂としておもしろくなってくるわけだった。古くから小野小町このかた、美形と性的な欠陥とはコレラティヴな関係にあると信じられてきた」*2


「いや、うしろの男がリモートコントロールによって、お紺を思いのままに操っているのだと見れば見られないこともないような成行きであった」*3


そう、澁澤の小説は、古典をベースにした作品であっても、徹底した現代的な視点や言葉遣いなのである。また横文字もところどころ入って軽快な反面、どの立ち位置で小説を読めばよいのか正直迷うところもある。


私は、はじめからこの澁澤風現代語訳が面白いと感じたわけではなく、大学時代に澁澤の研究をしていた頃は、物語とは1つの世界観に浸ることだ、とさえ頑迷に信じていたため、この文体が物語の世界に入ることを妨げてしまうようでかえって疎ましく感じていたし、随筆や評論は好んで読んでも、彼の小説はあまり好きにはなれなかった。


『護法』や代表作の一つである『高岡親王航海記』などの魅力が分かるようになったのは、澁澤が存在する現代から覗き込んだ、愛すべき古典の世界という構図に気付いてからだと思う。

物語に没入するのではなく、宝箱の蓋を開けるとそこに住まうミニチュアな人々が古典劇を演じているかのような、そんな視点。


私たちは、無垢な少年の心を持ち続けた澁澤の宝箱を一緒にのぞかせてもらっている、と考えると彼が今でもすぐ傍にいるようで嬉しくなるのだ。





引用元:*1,2,3 筑摩書房 ちくま日本文学全集 澁澤龍彦 より『護法』 澁澤龍彦

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