死ぬことは生きること
- Hiroko
- 2022年7月21日
- 読了時間: 3分
執筆者:Hiroko
吉本ばななの『キッチン』は、世界30カ国以上で翻訳されている大ベストセラーで、イタリアでは社会現象にもなった小説だ。
私が初めて手に取ったのは確か中学生のころだったと思う。バナナ柄の可愛い表紙の文庫本が目にとまり、内容も確認せず購入し一気に読んだ。
それから20数年。先日乗車していた電車が事故で自宅最寄駅からだいぶ前に停車してしまった。タクシーで帰るか、お茶でも飲んでゆっくり再開を待つか迷っていると、小さな本屋さんのショーウィンドウに『キッチン』を見つけた途端、無意識に手にとっていた。

沸点が低い小説の心地よさ
両親を早くに亡くし祖母に育てられた大学生のみかげは、唯一の肉親だった祖母も亡くし喪失感に苛まれるなか、冷蔵庫の無機質な電子音が落ち着くことを発見しキッチンに布団を敷いて眠るようになる。
突然、近所で母親のゆり子(ゲイで本来は父親)と暮らす田辺という青年が自宅を訪れ一緒に暮らそうと提案される。田辺は生前に祖母が可愛がっていた近所の花屋でバイトをする同じ大学に通う田辺雄一だった。
田辺家へ居候するようになってから、ちょうど良い距離感の田辺家の妙な心地よさと喪失感とこのままではいけない焦りが交錯する。
みかげは雄一に恋をしているわけではないけれど、大切な人になってきている。
ある日の夜、みかげと雄一は同じ夢を見た。
みかげと祖母が一緒に暮らしていた部屋の台所の床を一緒に磨きながら、終わったらラーメンを食べようと約束する夢。
目が覚めて真夜中の台所で水を飲んでいると、雄一もお腹が空いたからラーメンでも作ろうと思ってと、起きてきた。
妙な偶然だわと思ったみかげは、夢の中でもラーメンって言ってたねと言う。
「雄一はつぶやくように、
「君の前の家の台所の床って、きみどり色だったかい?」と言った。
「あ、これはなぞなぞじゃないよ。」
私はおかしくて、そして納得して、
「さっきは磨いてくれてありがとうね。」
と言った。いつも女のほうが、こういうことを受けれるのが早いからだ。」*1
あと何回このキッチンに立って料理をするのだろうか。ここを去ったとしても、また再びこのキッチンで料理をすることがあるのだろうか。
大切な誰かを失った時のお守り
これからの人生、大切な人を失ってしまう経験はきっと幾度とやってくるだろう。
毎日元気に生きているだけで奇跡だ。
明日どんな事故で、自分や友人が命を落とすかわからない。
年々老いていく両親を見て、少しづつ覚悟をしておかなければと思うことも増えてくる。
そんな時に読み返して、お守りとなってくれる本があると無いでは、悲しみの縁から這い上がってくる時間が全然違うのでは無いだろうか。
『キッチン』はハラハラする展開はなく、淡々と日常が過ぎていく。だが、沸点がないからこそ、引き込まれ一気に読んでしまう60ページほどの短編小説。
文庫本には続編の『満月ーキッチン2』も収録されているので、ぜひセットで読んでみてほしい。
引用元:*1 角川文庫『キッチン』吉本ばなな
Comments