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”はねっかえり”ヒロインの系譜

  • 執筆者の写真: Naoko
    Naoko
  • 2022年1月6日
  • 読了時間: 8分

執筆者:Naoko


年末年始の読書は、田中芳樹のビクトリア朝怪奇冒険譚三部作『月蝕島の魔物』、『髑髏城の花嫁』、『水晶宮の死神』から。


10代の頃よく読んでいた田中芳樹の作品。


『銀河英雄伝説』、『アルスラーン戦記』、『創竜伝』、『タイタニア』等、長編且つスケールの大きさ、歴史や文化を感じさせ、その世界観に没入される力の強い作品ばかりだ。

『アルスラーン戦記』の最終巻は、賛否両論あるようだが、途中空白の時期もあり、24、5年かけて刊行されていた物語ということで、熱狂的読者がそれぞれの心の中にアルスラーン戦記の物語が構築されていただろうし、期待が大きかったのだと思う。


『アルスラーン戦記』に限らないが、それぞれの長編小説を読み終わった後の喪失感たるや、侘しい、寂しいという一言では表わすことが出来ない。



ビクトリア朝怪奇冒険譚三部作は、あとがきを読んでいて気付いたのだが、対象読者層がティーン向けだったらしいことが判明したものの、若かりし頃の本をむさぼるような感覚で読めたことが何よりもうれしかった。


この物語は、ビクトリア女王の治世の時代で、1850年代が主題となっている。

平たく言うと産業革命でイギリスの経済が最も隆盛を極めた時代だというとわかりやすいかもしれない。


苛烈な戦場のトラウマを抱えつつもクリミア戦争から、無事帰還したエドモンド・ニーダムという青年と年頃の姪、メープル・コンウェイが主役で、いずれも貸本業のミューザー良書倶楽部の社員として、イギリス中を駆け巡り、著名な作家、文筆家と交流しながら、イギリス各地のおぞましい怪物たちと対峙する物語である。


私の文章力のせいで、非常に薄っぺらい紹介になってしまい、安っぽい話だなと感じた方には申し訳ない。

実際、書籍紹介でも上記のような紹介文が添えられていたので、10代の頃大好きだった田中芳樹ではあるものの正直あまり期待しないで、読み進めてみたが、見事にその予想は裏切られた。



3つの読みどころ


まず、この物語の面白さや楽しみ方を説明するには、いくつかのポイントがあり、それを押さえておくことで、より豊かな読書体験ができる。


その1.歴史的・世界史的要素


やはり田中芳樹小説の魅力の大きいところは、膨大な史実に基づいて描かれている世界観だ。


前述の通り、この物語はビクトリア朝時代をベースに話が進むが、第1巻『月蝕島の魔物』では、スペインの無敵艦隊(アルマダ)のガレー船が、アイルランド沖の月蝕島で氷結状態で見つかる所から物語が始まる。


スペインの無敵艦隊をご存知でない方に説明すると、ビクトリア朝から300年ほど遡り、スペインがオスマン・トルコと戦い、勝利するが、その約十年後イギリスとの戦いでは、大敗してしまう艦隊である。尚、「無敵艦隊」という表現は、ブラックジョークの好きなイギリス人によるもので、大変皮肉な表現である。


スペインの無敵艦隊(アルマダ)が気になる方は、塩野七生の『レパントの海戦』を是非、読んでみてほしい。


第2巻『髑髏城の花嫁』では、悪名高い第四回十字軍(1204年)の、コンスタンティノープルが陥落するエピソードが登場し、その時代に起きたワラキア(現在のルーマニア)の禍々しい因縁について描かれている。

コンスタンティノープルは何度となく、数多の戦争で争われた東西をつなぐ交通・物流の要所であるが、こちらも気になる方は、第4回十字軍以降のオスマン帝国による占領についてがメインであるが、やはり塩野七生の『コンスタンティノープルの陥落』を是非参照いただきたい。


第3巻『水晶宮の死神』は、アーサー王の時代やノアの箱舟などのほぼ神話に近いエピソードが登場。第1回目のロンドンで開催された万国博覧会の会場となった後、別の場所に移築された水晶宮で起きた怪異な事件についての物語である。


どの巻も歴史が好きな読者をワクワクする話だし、仮にさほど歴史に興味がない人にとっても、簡便に愉しめるような表現で歴史的な背景が描かれている。

田中芳樹が、もし世界史の先生だったら、西洋史、中国史に傾倒する学生が続出したに違いないと思う。


マクロな世界史からは少し離れるが、読書好きな人が萌えるイギリスの貸本業や、図書館の成り立ちにも触れる部分があって、その時代の読書環境を想像を馳せて心が躍った。


その2.民俗学的要素


第1巻から3巻までのいずれも、民俗学的なモンスター、化け物、魑魅魍魎が出てくる。

若干蛇足感が否めないが、怪奇冒険譚と名乗っている以上、モンスターは不可欠な存在かもしれない。

この要素は歴史的・世界史的要素に包含されるところもあると思う。

いささか、このポイントについてあっさり紹介してしまっているのは、このシリーズの中で


その3.癖のある登場人物とキャラクターの安定感


ビクトリア朝怪奇冒険譚三部作以外の物語でも言えることだが、とにかく出てくる登場人物、特に主人公を取り巻く周辺の人物達の個性が強いこと。


主人公のニーダムはどちらかというと、あまり取り柄が無くキャラは薄めだが、実は戦闘に関してはポテンシャルを秘めている。読者の視点に近い人物で、この三部作の語り手であり、1857年に立て続けに起こった出来事を、老人になった時に振り返りながら、記録として書き残している体で物語が進行する。


もう一人の主人公である、姪のメープルは、本が読むのが大好きな、強い意志を持った少女、知的なじゃじゃ馬というべきか、はねっかえり、というべきか。

ニーダムとの関係性は、叔父と姪であるが、彼を父のようにも、兄のようにも慕っていて、時々気弱な一面を見せるニーダムを引っ張っていく少女である。


周辺の人物としては、行くところ行くところに嵐を巻き起こす作家ディケンズや子供っぽくて頼りない童話作家アンデルセン、敵役として登場する美形で変態的な貴族の若様など、てんこ盛りなのだが、期待を裏切らない役割をそれぞれの登場人物が担っており、全員がそろってすべて調和がとれていると言える。


個性的な人物が、絶妙なやり取りを小気味よく交わしていくのも、この小説を愉しむ1つの要素と言える。



”はねっかえり”ヒロインはロールモデルになりうるのか?


少しビクトリア朝怪奇冒険譚三部作からは離れるが、子供の頃に寝る間を惜しんで没入していた田中芳樹の『創竜伝』。

『創竜伝』は、竜の血をひく四兄弟が現代日本と神界を駆け巡るファンタジー小説なのだが、この兄弟を導く茉莉(まつり)という少女が登場する。

女性としての逞しさと優しさ、気も強いところもあるけど、皆のことを引っ張っていってくれる女性として描かれている。


中学生だった私は、大人になったら茉莉のような女性になりたい、と真に願っていた。

運命の手綱をコントロールして、そして周りの人をも引っ張り上げられる人間は最強だし、私自身もそうありたい、と。

尋常でない閉塞感漂う子供時代を過ごした私にとって、自分の意志で進む方向を決められるヒロインは、救いであり、目指す目標となったのは至極自然なことだった。


ビクトリア朝怪奇冒険譚三部作のメープルは、茉莉よりやや年若いが、しっかり者で意思の強い、迂闊に使うと怒られそうな表現であるがいわゆる”はねっかえり”系統の女性と言える。

このようなヒロイン像は、彼の作品に度々登場し、読者に勇気や癒しを与えてくれる。


以前、私が女性性に関するコーチングを受けた時の話を少ししたい。


自分が憧れる女性を三人、実在の人物でも偉人でも小説に登場する人物でも良いから挙げて、その人の性格的な特徴をそれぞれ10個程度書き出してほしいと言われたことを思い出した。

三人の女性の洗い出した特性30個(三人×10個の特性)から、特に象徴的なもの、似た特性のものをグルーピングし5,6個抽出するというワークだったと思う。

若干記憶が曖昧で数には自信がないのだが、そのようなワークで何がわかるかというと、その5,6個の特徴というのがそのまま現在のの自分自身の在り方を表わしているというのだった。

私は、迷わず三人のうちの一人を、茉莉にし、彼女の個性を以下のような10の特徴で表現した。


勇敢、慈愛、奉仕、知性、牽引、快活、弾性、軽快、母性、健康美


人生の指針にするロールモデルは、肉親など自分と近しい人や偉人等、明確に1人の人物に定める人もいるが、明示的に定めていない場合は、今まで出会った人、見聞きした人の行動や感銘を受けた言葉等のうち、琴線に触れるものを潜在意識の中に取り込み、複数人の特性から在りたい姿すなわちロールモデルとしているらしい。

そのコーチングを受けて、茉莉の一部がロールモデルとなっていることに気付き、じんわりと心が温かくなった。


ビクトリア朝怪奇冒険譚三部作は、ティーン向け小説ということで、これを読んだ年若い女性が、メープルをロールモデル(の一部)とするかは個人的にとても気になる所である。

もしそういった人がいるならば、とても嬉しいし、彼女をロールモデルにすることで、少しでも人生がコントローラブルであり、好きなこと、突き詰めたいことに邁進することに恐れずに行動できるならばいいなと願っている。


ちなみに、先ほどのコーチングのワークでやったように、メープルの特性を10挙げるとするとこんな感じになるだろうか?


勇敢、大胆、知的好奇心、向上心、探求心、快活、チャーミング、牽引、行動力、自立


包み込むような母性がある茉莉とは少し異なるが、進みたい方向に握った手綱を離さずに突き進む”はねっかえり”ヒロインの系譜であることは間違いない。





参照元:

東京創元社『月蝕島の魔物』田中芳樹

東京創元社『髑髏城の花嫁』田中芳樹

東京創元社『水晶宮の死神』田中芳樹

講談社ノベルズ『創竜伝』田中芳樹

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